プロフィールを書くにあたり、一般的な略歴をとも思いましたが、私と経絡との関わり、そして和いずむ整骨院の理念にもつながりますので、少し長くなりますが、この道に入るきっかけから、和いずむ整骨院開院までのいきさつを述べたいと思います。

柔道整復師を目指したきっかけ

サラリーマンをしていた当時、何時からともなく首から腕にかけて、しびれが出始め、ついには休職する事になってしまいました。幾つかの大学病院で検査を受けましたが、いずれも異常無しという回答でした。藁にも縋る思いで整骨院や治療院に幾つか通ってみましたが、電気やマッサージをされるだけで、症状は一向に改善しませんでした。

大学病院でも治らなかった痛みが消えた?

半分あきらめかけていた時、とある整骨院で施術を受けました。一晩たち、朝起きると、あれほど長い間、私を苦しめていた痛みが消えていたのです。大学病院で原因さえもわからなかった痛みがたちどころに消えるという、手による奇跡ともいえる出来事に心を打たれ、自分もこんな技術を身に付けたい、そして日々世の人の役に立ちたいと切に思い、数か月後には脱サラをし、医療専門学校への入学試験へ向けての勉強をスタートしました。

経絡との出会い

当時の研修先の整骨院で、自費のコースを依頼された為、休みの日に神田の医療専門書店に行きました。そこで増永静人先生の「指圧」という本が目に留まりました。整骨院で実践したところ、ぎっくり腰や五十肩など、魔法のような効果があり、ふた月と経たないうちに、私の経絡の患者さんであふれる状況になりました。私と周囲は何が起こっているのか分からない感じでしたが、やっと自分に合った医療としての手技を見つけた思いでした。しかしその整骨院での研修は、期限付きの契約だった為、半年程で打ち切られてしまいました

苦難の道へ

その後は茨の道でした。再び整骨院や治療院で働いたのですが、それぞれそこの院長のやり方があり、なかなか自由に経絡をやる訳にはいきませんし、教えられた技術も経絡を超える効果があるとも思えませんでした。更にマッサージ希望の方は本当に多く、さじ加減が必要な経絡をやっても、「もっと強く揉んで欲しい」と言われ続け、なかなか経絡の経験を積める場所が見つかりませんでした。

転機

その後も経絡をやろうとしては、かなわず、研修先を変えるという繰り返しで、ある時箱根の会員制のホテルで働き始めました。そこにはベテランの女性按摩師がいて、その女性のファンであふれていました。マッサージは東京の整骨院で経験済みだったものの、女性按摩師との技量の違いは歴然で、おまけに普段は東京の一流店でマッサージや整体を受けているような富裕層が宿泊に来るような場所でしたから、2人で客室に行っても、次の日は私だけ来なくていいと言われ、ホテルのフロントからはクレーム票を見せられる毎日で、何度も東京に帰りたいと思いましたが、もうこれ以上、目の前の事から逃げ続けても、同じ事の繰り返しなのだと思い、経絡は一旦置いておいて、マッサージや接客など、自分の問題点の改善を続ける事にしました。当時仕事は深夜0時過ぎに終わるのですが、それから1人、芦ノ湖に行き、霧で煙った湖面を見つめて、いつか必ず霧が晴れ、良い事が起きるのだと自分に言い聞かせていました。

道が開いた

それから数年経ったある日、私のマッサージの指名のお客さんが、徐々に増えてきました。そのうち「実はこんな事も出来ます」と経絡の提案も出来るようになり、自然に経絡をやれるようになりました。そして東京から定期的に経絡を受けに来る方が段々と増え、遂には女性按摩師の指名をも上回る程まで増え、今も破られる事がないそのホテルの指名記録にまでなったのです。その時は、自分でも夢か現かといった感じで、指名客の政財界や芸能人等、いわゆる一流と呼ばれる多くの方々からの共感は、私の「経絡は世の人の為に埋もれさせてはいけない技術である」と独り信じて続けてきた努力が報われる思いでした。初めて経絡の芽が出てから、実に15年もの時が流れていました。箱根の地は、理想ばかり求め、目の前の事から逃げ続け、時計の針を止めていた自分に終止符を打てた、人生のターニングポイントとも言える場所になりました。今も節目節目にここに還って、初心に戻るようにしています。それ以後は本当の意味で、経絡の経験が積めるようになり、増永先生の経絡指圧に加えて、平田内蔵吉先生の平田式心療法、肥田式強健術や日本の古武術などの経絡技法を実践、研究し、自分ならではのものを加えて、今の和いずむ経絡の原型がつくられていきました。

和いずむ開院へ

その後も箱根から始まった流れに乗り続ける感じで、東京の実家へ戻り、勤務した整骨院でも、臨機応変にマッサージもやりながら、経絡の患者さんを着実に増やし、次に院長として雑居ビルの5階だった赤字の院を任されて、半年足らずで、紹介の患者さんを増やし、結果を出す事が出来ました。そして東長崎から来られる方が増えていたので、下見に東長崎に訪れたところ、新築の駅前商店街の物件がタイミング良く見つかり、経絡の効果に共感して頂いた方々のおかげで、念願の経絡専門院である、和いずむ整骨院の開院の流れが出来たのです。

最後に

医療としての手技に感動し、この道に入り、自分に合った技術 経絡と出会うも、それにこだわるあまり、慰安としての手技 マッサージに行く手を阻まれ、決して順風満帆とは言えない道でした。しかし目の前にある事から逃げずに、信念を貫けば必ず願いは叶うという事、そして周囲の方々の共感無くしては、何事も成し得ないのだという事を学ぶ為の道であったのだと思います。経絡は本当に奥が深い、生涯を捧げるに値する技術です。これから和いずむで経絡の可能性を自由に、余すところなく追求し、皆さまの生活が健やかで、質の高いものになるように、日々研鑽を積んでいきますので、私と経絡、そして和いずむ整骨院を宜しくお願い致します。